劇団回想録

−ト・ラ・イ− 西海真理

小劇場の公演として始まったスペース公演は
予想を上回る好評を得て一回、二回と終了した。
とりわけvol.2の翻訳・演出を手がけてくださった、青井陽治氏の功績は大きく
私も、俳優として目指すもの、役作りについて改めて、大いに考えさせられた。
スペースvol.3には、小劇場初挑戦という長山藍子も積極的に参加し
青井陽治氏も続投を快諾してくださり
企画の小島敏彦とともに、脚本選びが始まる。

97年12月
作品は『Later Life』(A・Rガーニー作・土屋誠翻訳・青井陽治演出)に決定。
上演は1998年4月。
50歳を過ぎて、別居中の女ルース(長山藍子)と
離婚した男オースティン(小島敏彦)が
ボストニアンたちの集まるパーティーで30年ぶりに再会する。
一日かぎりの若き日の恋の炎は再燃するのか・・・・?
ボストンの高級コンドミニアムで繰り広げられる、おとなの恋物語。
二人の周りに登場する10人の登場人物を
全て二人の俳優(向井修・西海真理)が演ずるという面白い趣向だが
ボストニアン特有の考え方や会話が要求される難しい作品だった。

劇場も初めての、ウッディシアター中目黒。
終演後は、ボストンのパーティーさながら出演者は衣装を着けたまま客席に回り
お客様と歓談するドリンクパーティーを開いたが
お陰様で多数の方々にご参加いただき、楽しい交流を持つことができた。

このスペース公演では、青井氏の提案で
松下惇、松岡由眞、深尾眞理、枝森祥子が
アンダースタディとして常に稽古場につめたのも画期的な試みだった。
夜公演の日の昼間にアンダースタディによる公演も目標にはあったが
残念ながら実現までには至らなかった。

そして、同年秋には、スペースvol.4として
榎本壮一・松下惇共同企画による若手公演
「八月のシャハラザード」(高橋いさを作・林渡志演出)が実現することになる。
劇団ショーマの高橋いさを作品に初挑戦。
98年8月、場所は下北沢駅前劇場。
ダブルキャストで、朋友の若手が舞台狭しと走り回った。
水死体の役作りに熱中し本当に溺死した亮太と
現金輸送車襲撃後仲間に裏切られて死んだ川本の二人が生死の間をさまよい
亮太の恋人に一言別れを告げたいという思いが
川本の復讐劇に巻き込まれて行く笑いの中にもホロリとする喜劇
退団して和歌山に帰った林渡志の最後の演出作品ともなった。

ニヒルな川本を演じた岡本成師
いつも浮き輪をはめている亮太役の外田能久に人気が集中した。
出演は他に山口晴記、浦田秀利、小宮司、小宮山徹
松川美子、遠藤由季奈、杉本早希、山下光保、上智子。

そしてその頃
『わがババわがママ奮斗記』の俳優座公演の準備が着々とすすめられていた。
門野晴子さんの「老親を棄てられますか」「寝たきり婆あ 猛語録」
「寝たきり婆あ 立ちあがる!!」「ワガババ介護日誌」の四作品を合体させて
介護問題を扱った痛快なドラマができないかと
小島敏彦、吉原廣、長山藍子、各氏の企画が動いていた。

演出には、朋友初めての西川信廣氏にあたって砕けろでお願いをする。
四作品を読んだ西川氏は、超多忙にもかかわらず、快諾してくださる。
脚本は杉浦久幸氏に決定。
「水面鏡」で文化庁舞台芸術創作奨励賞を受賞した期待の星。
第一稿が出来上がってきたのは、8月。
それから、演出の西川氏、脚本の杉浦氏を囲んで
劇団からは、主演の長山、そして小島、吉原、横井、制作の夏川の各氏が加わり
何度も何度も話し合いがもたれ、最終稿はなんと、第八稿になっていた。

長山演じる洋子と菅原チネ子演じるその母のタツ、そして洋子の娘役の智美。
この親子三代が織り成す、重い現実を笑いに昇華する
門野晴子流の痛快な介護の話が出来上がった。
サブタイトルは、「―人生、前へ進むっきゃない!―」

10月、智美役のオーディションが行なわれ、沓名紀孔代と上智子が抜擢される。
出演は他に小島敏彦、小山内一雄、山口晴記、石川恵彩、岡本成師、清野公亘
益海愛子、西海真理、深尾眞理、まきのかずこ。

12月、いよいよ稽古開始。
初めての西川さんの演出に、みな期待で目がキラキラ。
翌1999年1月、俳優座で幕を開ける。
客席の反応はどうか?
みんな緊張でどきどき。
意外や意外、お客様は笑い転げ、藍子さんの語りのところではほろり
カーテンコールは拍手喝采。
しかしその時、この作品が200ステージを越えるヒット作品になるとは
誰も予想していなかった。

今年の上半期のツアーを終了すると243回公演したことになる。
『わがババ、わがママ奮斗記』終了後
スペースvol.2として上演した『シャドウボックス』の稽古を再開。
2月、兵庫での再演が決まっていた。
主催は中町文化会館。

先のスペース公演が終了してから、中町での再演に向けて
会館主催のワークショップを重ね
本番は、ワークショップ参加メンバーと共に舞台づくり。
何も無い空間に、深い緑の林が出現し、ステージに木漏れ日が差し
青井陽治氏の世界が現れた。
1ステージだったがお客様からは「深い感銘を受けた」と喜ばれ
公演終了後、ワークショップのメンバーと朝まで熱く語り合った。

続いて秋、朋友としては画期的な出来事
『わがババわがママ奮斗記』の日本橋三越劇場公演が実現をすることになる。

この長期にわたる公演を経て、舞台はより密度を増し
出演者各自の表現も進化した。

そしてこの三越劇場の舞台で長山藍子は
文化庁芸術祭の大賞を受賞したのである!