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西海真理
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松下惇
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石田まどか
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吉田泰正(照明チーフ)
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小島敏彦
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浦田秀利
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松岡由眞
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6/7(金)山形 今日の日記は、君子役の西海真理です。 次回アトリエ公演(8月)では構成・演出を手がけます。 |
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今日は18/25ステージ目。公演は昨日に引き続き、山形市民会館。
開演時間は18:15分。当然その前は自由時間です。 今日も昨日に引き続き、ぴーかん。 東京のように湿気はないけど、陽射しがさすように暑い。 バスで45分ほど山に入ると蔵王温泉があり、日帰り温泉がいくつもある。 温泉部員としては、ぐぐっと、ひかれましたが 今日は健康のために泳ごうと決めました。 ホテルから10分くらい歩くと、霞城公園があり その中に市民プール(温水)があるそうだ。 50メートルコースもあるとの事で、ちょっと期待。 暑い暑いと言いながら、城門をくぐり、水着に着替えて・・・・ あれっ 「あのこのプール何メートルですか?」「25メートルだよ」 「ですよね。えっと、50メートルコースがあるって聞いて来たんですけど」 「あー、それはね、外。んだから、まだやってないの」・・・。 まずは、1000メートル泳いでと。 なんたって市民プール。 おばさんや、それから、どこかの高校の水泳部らしき子(?)達も泳ぎ始めて 結構にぎわっていました。 男子水泳部員(?)達の速いこと速いこと。 ちょっと見とれてしまいました。 また少し泳いで 帰りはおいしいことで有名なおそばやさん「庄司屋」でおそばを食べて (こしがあっておいしかったよ!) ホテルに戻り、少し休んで、元気に楽屋入り。 体もほぐれて、なんとヘルシーな一日でしょう。 なのに「渡りに船ってのはこの・・ことよ」って 台詞ちょっと、つまずいちゃった・・・ 西海真理 |
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6/6(木)山形 今日の日記は「女たちのジハード」で岡崎役を演じた松下惇です。 |
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5/29の須賀川での公演からスタッフとして途中参加し 今日で10日になります。 今日は、山形にいます。 何度か訪れたことのある山形は、私にとって思い出の場所です。 劇団に入ってまもない頃「帰去来」という作品に出演していた私は 生まれて初めて制作の仕事を任されました。 山形の高校の合同鑑賞会の作品に選んでもらうため 23校の高校の担当の先生に作品を紹介してまわりました。 熱いエネルギーだけの若い役者の話に 先生方は約時間もの間耳を傾けてくださいました。 幸運にもその年の作品に選んでいただき 山形の高校生達に「帰去来」を楽しんでもらうことが出来ました。 どのステージも素晴らしい反応で、私の最高の思い出になりました。 今回の山形演劇鑑賞会のお客様の中に 9年ほど前の秋に「帰去来」を観た高校生がいるのではないかと想像しながら スタッフの仕事を頑張っています。 松下惇 |
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6/5(水)鶴岡 今日の日記は、「女たちのジハード」で紀子役を演じた石田まどかです。 |
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結構ハードな衣裳部班の私ですが 幕開きに看護婦で通り過ぎるという役を頂いています。 実は小さい頃から一度着てみたいなぁと思っていたので はずかしながら嬉しかったりするのです。 着替えながらふと気付いたのですが あのナース帽って何の機能もないんですよね。 髪の毛が全て隠れないから、衛生的でもないし。 ファッションなのかなぁ、何でかなぁと思っていたら 何と答えは戦時中にさかのぼるんです。 戦地で働く看護の人たちが撃たれない為の「白旗」の役割が あのちょこんとしたナース帽にあるそうなんです。 歴史ですね! 今日もまた一つ発見をした石田でした。 石田まどか |
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6/4(火)秋田 今日の日記は照明チーフの吉田泰正さんです。 (株式会社ジェー・エー・シー) お忙しい中、書いてくださいました。 |
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私は洋画ファンだ。 旅公演ののり日(移動だけ日)や休日(移動すらない日)には かならずといって映画館に足を運ぶ。 今回も北海道から始まって、現在までに6本ほどの新作を見た。 今日の休み日は、見たい映画もなく 誘われるままパチンコに生まれて初めて行った。 何が何だかわからないうちに「大当たり」。 確変とかいうのになり、38,000円の勝ちになった。 元手は1,500円。 かみさんに電話したら、赤飯を炊くという。 人生のツキをすべて使ってしまったようだ。 吉田泰正 |
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6/3(月)秋田 今日の日記は、脇坂幸一(長男)役の小島敏彦です。 普段はダジャレばかり言っていますが、代表取締役なんです! |
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秋田公演は30年振りである。題名は「若い座標」 家永三郎先生の教科書裁判を扱った、本田英郎作・八橋卓演出の作品。 旧新人会を解散して、1970年に新生新人会として結集し旗揚げした第一回目の公演。 内容は「史実に基ずいた教育をしようとする若い女性の国語教師が 管理職の校長の意見や指導要綱、我関せずの教員たちの間で悩みながら教鞭をとり 必死で生きていく姿を描いた物」 勿論、主役は長山藍子さん、山本学さんも出ていました。 私の役は 学校が終わるや否やすぐ飛び出し、せっせとアルバイトに精を出す若い英語教師。 現在マスコミや舞台で活躍している浅利香津代さんも 当時は劇団新人会の浅利和子としてこの作品に出ていたのです。 初めてこの地に降り立った私は 寒い北の国の雰囲気をたっぷり感じさせる駅舎や町並みにすっかり興奮していました。 一同がゾロゾロと駅舎の正面を出ると、そこに歓迎のたて看板。 ワー、俺たち歓迎されてんだー。みんなは大喜び。 何と、よく読んでみると、アレー!ビックリ! 『歓迎・劇団新人会・浅利和子様 他御一同様』 とあった。 みんなは大笑い。浅利君は真っ赤になり恥ずかしがっていた。 実はこの地は浅利君の出身地、いや、それどころではない。 彼女のおばあちゃんが駅前旅館をやっていたのであるからして無理からぬ話。 彼女にとっては始めて故郷に錦を飾った舞台だったのだから。 駅舎は変わり、町も小都市に生まれ変わり、当時の面影は偲びようもないが、 僕の頭の中には、古い駅舎と彼女の初々しい姿が 昨日の事のように鮮明に残っている。 小島敏彦 |
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6/2 (日)秋田 今日の日記は 「法王庁の避妊法」で古井半三郎役を演じた浦田秀利です。 今回はスタッフとして頑張っている劇団一の力持ちです。 |
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拝啓、「わがババわがまま奮斗記」を愛してやまない皆様へ。 (又は、劇団朋友を追っかけしたい程熱烈なファンの皆様へ) 今日はその「わがババ・・」の舞台を ちょっとマニアックな支店で楽しむ見方をお伝えしたいと思います。 注:すでにご覧になった方は「あ〜、あそこでね。ププッ!」と思って下さい。 まだご覧になってない方は、観た時「あ〜、あの事か!」と思ってください。 その一 -お茶目な長山藍子さんの場合- あるシーンで、眠くなった洋子(藍子さん)は保おじさん(小山内一雄さん)に 「2時間だけ・・・おじさん2時間経ったら起こして」というセリフがありますが お茶目な藍子さんは袖に引っ込んでも「ぶぁ〜あ、あふ」とか 「に、に、に、に、にじかん」とか「おやすみなさい、むにゃ、むにゃ〜」など 様々なアドリブを繋げます。 もちろん他の役者も袖に入ってからも演技をしますが スタッフが袖で「ブ!」と吹いているのを見て ニヤーッと笑っている藍子さん。お茶目です。 その二 -陽気なスタッフたちの場合- 本番中に芝居の小道具を転換しますが 今回の芝居では舞台の前面に紗幕という客席から中が見えない薄い幕を降ろします。 そのため、客席からは気配しかわかりませんが 舞台上ではスタッフがてきぱきと、それはもう無言のサッカーワールドカップか 無口なお祭り騒ぎ状態で完璧にカンペキに!仕事をしています。 (決して自分に言い聞かせているわけではありません) しかし、みんなの頭の中では 「ビール、ビール」 「ワールドカップ、ワールドカップ」 「ムフフ!、ムフフ!」 etc・・・ と思っているの間違いありません。 確認していないのでさだかではありませんが。 もう一つ付け足しますと そんなイケメン・イケギャルに是非会いたい!ともう方は 搬入・搬出に顔を出して見て下さい。 飛びっきりイケテルスタッフが満面の笑顔でお待ちしております。 浦田秀利 |
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6/1(土)盛岡 今日の日記は松岡由眞です。 本来は役者ですが、今回はスタッフとして頑張っています。 |
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旅の楽しみは、何といっても「ご当地でしか味わえない食べ物」でしょう。 盛岡ではまず、昼食に冷麺を食し その3時間後、前から楽しみにしていた-わんこそば-を味わいました。 一足先に食べ終わっていた仲間たちの前にうず高く積まれたおわんの数に まずはびっくりした後、軽い気持ちで食べ始めました。 係りのお姉さんから 「はいどうぞ」「はい、まだまだ」「はい、よいしょ」・・・etc と間髪入れず、リズミカルに入ってくるおそばを 40〜50杯までは何だか機械的に(?)口に運んでいました。 薬味やおつまみ等やってる暇はありません。 初めは冗談のつもりが、だんだん本気になり始め 100杯を越えた頃『今日のトップは151杯』と聞き それをクリアしようとひたすら頑張り続けるのみでした。 120杯位でやめておけば、ちょうど満腹といったところでしたが こうなったら乗りかかった船、生涯で一度のトライと思い 区切りの良い160杯にてギブアップと相成りました。 おわん15杯で盛りそば一杯分とか・・・ 我ながら随分食べたものだと感心するやら後悔するやら、あきれることしきりでした。 何とイベントの際の最高は500杯を越えたとか・・・ 上には上があるものです。 でも100杯越えてもらえる『証明付きお札』をもらって、とりあえずは満足しました。 ただ食後のデザートが食べられなかったことと 無茶な食べ方で胃を酷使して苦しい思いをしたことと 味わうというより食べ物で遊んでしまったことには、ちょっぴり後悔してしまいました。 とはいえ、けだし、ごく若〜いうち(?)にしか記録を達成出来ない盛岡のわんこそば あなたも一度は早めに体験してみては・・・? P.S 後から聞いた話だと「じゃじゃめん」という名物もあるそうな。 冷めんといい、わんこそばといい、盛岡はめん類が有名なんですね。 ・・・why? 松岡由眞 |